間違えてた~ (笑)



前記事で書いた本、

お邪魔したブログさんで紹介されてたのは、こっちだった・・・(^_^;)



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「 哲学的な何か、あと 学とか 」

私が借りたのは、 「 哲学的な何か、あと 学とか 」



面白そうだと思って本のタイトルだけメモして、内容すっかり忘れてたね(笑)

同じ作者が一文字違いでちがう本も書いてたなんて、知らんかったとです。



でも、まぁ、いいさ~。

「 哲学的な何か、あと学とか 」 が面白かったので、

「 哲学的な何か、あと学とか 」 も読んでみようかと思ってるから、

読む順番が変わっただけさ。



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同じ図書館にあるようなので、返却に行ったら借りてこよう。




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面白いっ!



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ときどきお邪魔しているブログさんで紹介されていた本、

図書館で借りてみました。



思っていたのとはちょっと違うけど、面白い。

まだ、読んでる途中。



フェルマーの最終定理って、知ってます?

私は言葉だけは知っていたけど、どんなものなのかは全然知らなくて。



見た目、すっごく簡単そうなんですよ、なんか。

でも、難しいんですって。

何百年も誰も証明できてないんですって。



誰も永遠に証明できないの?

それとも、そもそも証明できたって言ってるフェルマーさんが間違ってたの?

どっちよ~???



わくわくしながら読んでたんだけど、さっき、ちらっとウィキさんで見てみたら、

結末がサラッと書いてあった。

ショック・・・。



まだ、読んでる途中だったのに~~~!!



っていうか、知らなかった私が非常識なのか?(笑)



まぁ、いいや。

続きも楽しんで読むことにします。







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1年半、待ちました。

2017/07/26 Wed 06:00




1年半待ち。



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図書館に予約したのが、2016年1月。

ご予約の本がご用意できました、というメールが届いたのが数日前。

まるっと1年半待ち(笑)



当時、話題の本だったので、とりあえず予約していたんだけど、

すっかり忘れ去られたころ、やっと順番が回ってきた。



しっかし、絶妙なタイミングだな。

最近、本からも図書館からも遠ざかってたんだよね。

なかなか本を借りに行けなくてさ。



本から遠ざかっていると、何やら、罪悪感のようなものを感じてしまう。

サボってるような気分になる。



本と図書館から離れていきかけたのを、グイッと引き戻してくれた本。

読むのが楽しみです。









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受け入れる。

2017/06/16 Fri 12:45




受け入れる 

・・・っていうのは、私のキーワードのような気がする。



何でもかんでも思い通りになんかいかないことばかり。

抵抗したって疲れるだけやし、どうにもならんし、受け入れるしかないやん?





昔、何かの本に書いてあったんです、

余命宣告を受けた人の中で、一番長生きした人はどんな人か、って。

病気を嘆き悲しむ人なのか、病気になんか負けないぞと前向きに闘う人なのか。

答えはどちらでもなく、自分の病気・状況を受け入れることができた人。



受け入れるって、何やろう?

それ以来、いつも心のどこかでそのことが気になってて。



だから、ブログにもいっぱいそんなことを書いているんだろうと思って、

「受け入れる」でブログ内検索かけてみたら、意外にもヒットしたのはひとつだけ。

   →  受け入れる



その記事を読み返してみたら、同じところで泣けた。

「やあ、来たか。」

「はい、出ていったときと同じ、愚か者のままで。」






今回、なんで 「 受け入れる 」 で書き始めたかというと、

図書館で予約していたこの本の順番が回ってきて読み始めたから。



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なんか、また 受け入れる とか 変化 とか出てきて、

「 またかい?! 」 って感じなんですけど。



まぁ、私がそういう本が好きで読んでるっていうのも多分にあるんだけど、

なんか、いつも、そこに行き当たる。



身の回りで起こることは、いちいち抵抗してたら身が持たないので、

とりあえず、受け入れる。

グチャグチャになりながら受け入れて、

そして、また、グチャグチャになりながらゆっくり少しだけ自分を変えていく。



ほんのちょっとだけどね。

それでも、自分を変えていくって、そこそこ大変なことだよ。

変えたつもりでも、気が付いたら元のままだったりして。



そういや、この本の中では 変化 は 死そのもの と書いてあったなぁ。

そこそこ大変だけど、そんなに大げさでもないと思うんだけど、う~ん。





ちなみに、 ↑ 上の本は、この本の続きですね。 ↓



20150716-11755829_434896383349019_5039392153633371090_n[1]



これって、テレビドラマになってましたね。



では、また。







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この本、また、借りちゃいました。

やっぱり、面白い。



どこを切り取っても面白いんだけど、前半で特に気に入ったこの箇所を丸写し。

*青字部分は本からの引用。



 つもり、僕らはいつも、妙な癖を持ったこの目で世界を眺めて、

そして、この歪められた世界に長く住んできたから、もはや今となっては

これが当たり前の世界で、だから、これが自分では「正しい」と思っている。

そういう経験の「記憶」が正しさを決めている。

 この意味で言えば、「正しい」か「間違っている」かという基準は、

「どれだけそれに慣れているか」という基準に置き換えてもよい。

つまり、僕らの「記憶」を形成するのに要した時間に依存する。 

     ( 中 略 )

だから、そもそも「正しい」「間違い」なんていう絶対的な基準はないんだ。

 もし自分の個人的な価値基準を、正誤の基準だと勘違いしちゃうと、

それはいわゆる「差別」を生んでしまう。

残念ながら、人間って自分の感じる世界を無条件に「正しい」と思いがちだよね。

この癖には慎重に対処しないといけない。そう、謙虚にならないと。




20170407-DSCF9203 (1)



 繰り返しになるけど、「正しい」「間違い」という基準はなく、むしろ、その環境に

長く暮らしてきて、その世界のルールにどれほど深く順応しているかどうかが、

脳にとっては重要だってこと。

 もう一歩踏み込んで言えば、「正しい」というのは、「それが自分にとって心地いい」

かどうかなんだよね。 その方が精神的には安定するから、それを無意識に求めちゃう。

つまり、「好き」か「嫌い」かだ。自分が「心地よく」感じて、「好感」を覚えるものを、

僕らは「正しい」と判断しやすい。

 実際、普段の生活の中で、だれかに対して、「それは間違ってるよ」っと

偉そうに注意するときって、その「間違ってる」を、「おれはその態度が嫌いだ」

と言い換えても意味は同じだよね。「正しい」「間違い」って、脳にとっては、個人的な、

あるいは社会的な意味での「好意」のバランスの問題になってくるんじゃないかな。






前記事の、自分変えてみるっていうのは、こういう本の影響もあるのかなぁ。

自分が絶対ではない、って思っているから。

みんなそれぞれに自分なりの常識があって、どれも間違いじゃないもんね。



いつもと違うことをやってみるっていうのは、脳にとっては刺激になるらしい。

確か、それも池谷さんの本で読んだと思う。

だから、「いつもと同じ」や、「慣れ」からの脱却(?)、意識してるところはあるなぁ。












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