この本、また、借りちゃいました。

やっぱり、面白い。



どこを切り取っても面白いんだけど、前半で特に気に入ったこの箇所を丸写し。

*青字部分は本からの引用。



 つもり、僕らはいつも、妙な癖を持ったこの目で世界を眺めて、

そして、この歪められた世界に長く住んできたから、もはや今となっては

これが当たり前の世界で、だから、これが自分では「正しい」と思っている。

そういう経験の「記憶」が正しさを決めている。

 この意味で言えば、「正しい」か「間違っている」かという基準は、

「どれだけそれに慣れているか」という基準に置き換えてもよい。

つまり、僕らの「記憶」を形成するのに要した時間に依存する。 

     ( 中 略 )

だから、そもそも「正しい」「間違い」なんていう絶対的な基準はないんだ。

 もし自分の個人的な価値基準を、正誤の基準だと勘違いしちゃうと、

それはいわゆる「差別」を生んでしまう。

残念ながら、人間って自分の感じる世界を無条件に「正しい」と思いがちだよね。

この癖には慎重に対処しないといけない。そう、謙虚にならないと。




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 繰り返しになるけど、「正しい」「間違い」という基準はなく、むしろ、その環境に

長く暮らしてきて、その世界のルールにどれほど深く順応しているかどうかが、

脳にとっては重要だってこと。

 もう一歩踏み込んで言えば、「正しい」というのは、「それが自分にとって心地いい」

かどうかなんだよね。 その方が精神的には安定するから、それを無意識に求めちゃう。

つまり、「好き」か「嫌い」かだ。自分が「心地よく」感じて、「好感」を覚えるものを、

僕らは「正しい」と判断しやすい。

 実際、普段の生活の中で、だれかに対して、「それは間違ってるよ」っと

偉そうに注意するときって、その「間違ってる」を、「おれはその態度が嫌いだ」

と言い換えても意味は同じだよね。「正しい」「間違い」って、脳にとっては、個人的な、

あるいは社会的な意味での「好意」のバランスの問題になってくるんじゃないかな。






前記事の、自分変えてみるっていうのは、こういう本の影響もあるのかなぁ。

自分が絶対ではない、って思っているから。

みんなそれぞれに自分なりの常識があって、どれも間違いじゃないもんね。



いつもと違うことをやってみるっていうのは、脳にとっては刺激になるらしい。

確か、それも池谷さんの本で読んだと思う。

だから、「いつもと同じ」や、「慣れ」からの脱却(?)、意識してるところはあるなぁ。












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